【なぜ日本では水割り文化が広がったのか】「酒に弱いから」ではない――ウイスキーを和食の隣へ置いた1970年の作戦【ゆっくり解説
2026/09/13
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なぜ日本で水割り文化が広がったのか――理由は「酒に弱いから」ではなかった。戦前、ウイスキーは特別な酒だったが、1946年に大衆向けのトリスが登場し、バー文化の中で飲み方ごと広がっていく。決定打は家庭への侵入だった。60年代、冷蔵庫の普及で氷と水が身近になり、ウイスキーはストレートの強さを和らげて、食中酒へ姿を変えた。43%の酒も1対2〜2.5で割れば12〜14%台となり、日本酒に近づく。刺激も減り、和食の味を邪魔しない。さらに1970年、サントリーは「日本橋作戦」を開始。天ぷらや刺身の隣にウイスキーを置き、ボトルキープとスナック文化で常連の席を作った。氷の音、水差し、長いグラス――水割りは単なる飲み方ではなく、昭和の生活風景そのものになったのである。

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