「つつじちゃん、髪、直してあげよっか?」再婚相手のユズリハが優しく声をかけると、娘のつつじは小さくうなずいた。だが、その返事は驚くほど素直な一方で、なぜか彼女は、ユズリハにだけ心を開こうとしない。再婚してまだ二か月。家庭には、どこか拭いきれない緊張が漂っていた。ある夜、つつじは眠ったまま、小さく寝言を漏らす。 「……ユズリハ、あの日、来てないよ……」その一言に、夫の表情が凍りついた。あの日――羊が事故で崖から転落死した日。ユズリハは「家に来ていない」と言っていたはずだ。だが、つつじの寝言は、その記憶を鋭くえぐる。「ユズリハ、お前、事故の日、本当に来てなかったのか?」 「え……来てないよ」静かな否定の裏で、空気は一気に張り詰める。父は娘を抱き寄せながら、真実を確かめるように身構えた。寝言のたった一言が、再婚家庭の安らぎを凍りつかせたのである。