明治の皇族として知られる有栖川宮家の能久親王は、その端正な顔立ちと華々しい経歴で人々を魅了しました。しかし、その生涯は決して順風満帆ではありませんでした。出家の道を歩むはずだった彼の運命は、明治維新により一変します。英国への留学や外交の舞台での活躍など、輝かしい功績を残す一方で、私生活では困難が続きます。長女を亡くし、唯一の息子も若くしてこの世を去り、養子縁組が叶わなかったことで有栖川宮家の系譜は途絶えることに。自らも病に苦しみながら国への貢献を続け、51歳でこの世を去りました。その葬儀では優れた人柄をしのび、人々が涙したと言われています。