商店街の弁当屋で働いて三年になる私には、毎晩閉店前に現れる男がいた。 五十代ほどの作業着姿で、無口で、目つきも鋭い。いつも唐揚げ弁当を二つだけ買い、温めも断る。袋もひとつでいい、と短く言って去っていく。そのたび私は少し身構えていた。怖い人だと、ずっと思っていたからだ。 ところが、ひどい雨の夜、その男――岩城さんは商店街の裏路地で、中学生くらいの少女・ゆいちゃんに傘を差し出していた。怒鳴っているように見えて、実際は「こんなところにいるな」と心配していただけだった。翌日も彼は何事もなかったように弁当を二つ買った。 さらに後日、店の裏で見た光景に、私は言葉を失った。 岩城さんはゆいちゃんに二つの弁当を差し出し、「冷める前に食え」とだけ言ったのだ。彼は彼女を放っておけなかった。空腹の子どもを見たら、飯を食わせる。それだけだと。 やがてゆいちゃんは周囲の大人につながり、少しずつ前を向き始めた。 怖そうな男が毎晩弁当を二つ買っていた理由――それは、誰かを守るためだった。私はあの日、本当に怖いのは見た目ではなく、困っている誰かを見過ごす心なのだと知った。