【水都の消滅】首都高都心環状線、かつては川だった美しい風景とは?浜崎橋から江戸橋にかけて流れていた2つの川がいかに埋め尽くされたのか、首都高以前はどんな風景が広がっていたのか?
2025/03/19
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首都高速都心環状線は、かつて歴史ある川と水路が流れていたエリアの上に建設されました。その中心にあったのは、築地川と楓川。これらの川は昭和期の復興事業や都市計画の進展によって、徐々に埋め立てられ現在の道路へと姿を変えていきました。築地川は、一直線の水路として運河としても機能していましたが、日本橋周辺との流通を支えたり、隅田川と繋がる重要な役割を果たしていました。しかし、震災復興の中でその川は埋め立てられ、隣接する楓川も、昭和期に新たに設けられた道路や首都高速の工事により、現在は完全に道路となりました。その過程で、数多くの橋も生まれ変わり、姿を消していきました。

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