左幸子は、富山の骨董店に生まれた十人家族の長女だった。幼い頃から旅芸人に憧れ、東京へ出て女優の道を選ぶ。やがて映画監督・羽仁進と結婚し、練馬の家では兄弟姉妹を受け入れ、学費や衣食住まで支えた。しかし家庭はやがて揺らぐ。羽仁が別れた妻の実妹と再婚したのだ。その妹こそ、長く姉に反発していた左トキエだった。病室で姉からかけられた「命がけでやってきなさい」という一言は、トキエにとって今も遺言のように残る。長女として家族を背負い、夫のそばに支えとしていたのは、いつも誰かの家族だった。厳しさと温かさを併せ持つ左幸子の生き方は、家族の結びつきの複雑さまで映し出している。