信子様は、夫の健康問題に献身的に支え続けていました。しかし、心身ともに限界が来て、2004年に軽井沢の別荘に移り、公務を休養して療養に専念することに。これに対し、長女の明子様と次女の陽子様は、病気の父親を一人にして母が公務を放棄することを許せませんでした。心配して駆けつけた信子様を、明子様と陽子様は面会を拒絶。三日後、智彦様が逝去された時も、母との最後の対面はかなわなかったのです。葬儀では明子様が喪主を務め、信子様は友人たちとの最後の時間を過ごしました。それから十年以上、母と娘の関係は断絶したまま。周囲は、二人の心の雪解けを待ちながら心配しています。