田辺達也、70歳。結婚歴は一度もなく、長年営んできた町工務店を畳んでからは、古い一戸建てで一人暮らしを続けていた。不自由のない生活のはずだった。しかし夕暮れの公園で、寄り添う老夫婦を見るたびに、胸の奥には寂しさが残っていた。「自分にも誰かと歩む人生があったのではないか」そんな思いが、少しずつ強くなっていった。ある日、妹に勧められて訪れたのはシニア専門の婚活サロン。最初は半信半疑だった田辺だったが、交流会では多くの女性から声をかけられ、自分でも驚くほど注目を集めることになる。しかし、個別のお茶会が始まると現実も見えてきた。家のローンや生活費、同居への期待など、田辺の人柄よりも経済面を気にする女性もいたのだ。そんな中、紹介された68歳の山口光子という女性だけは違った。彼女は田辺の過去や仕事への誇りを静かに聞き、「家を建てる仕事は、家族の暮らしを支えることと同じですね」と語った。田辺は初めて、自分自身を見てくれる相手に出会ったと感じた。その後、二人の間には大きな問題が起こる。光子が受け取る遺族年金の存在だった。再婚や同居によって生活基盤が変われば、大切な収入を失う可能性がある。田辺は悩んだ末、光子の人生を壊さない道を選ぶ。籍を入れることも、同居することもせず、それぞれの家を大切にしながら週に何度も会う関係を築いた。70歳で初めて知った家族の形は、若い頃に思い描いたものとは違っていた。しかし、二人で食卓を囲み、庭の花を眺める時間には確かな温かさがあった。