被害者なのに謝罪…中森明菜と近藤真彦|6年の愛と8000万円の結末【金屏風事件】
2026/07/21
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1989年12月31日、東京プリンスホテル。200人以上の報道陣が集まった会場で、中森明菜は静かに頭を下げていました。日本中が注目した「金屏風会見」。しかし、そこで語られた言葉は、多くの人の心に強い疑問を残しました。「近藤君に、私よりもっともっと辛い思いをさせてしまいました」傷ついたのは明菜でした。恋人のために8000万円という大金を託し、6年間、結婚を信じて待ち続けた女性でした。それでも彼女は謝罪の言葉を口にしたのです。中森明菜と近藤真彦の出会いは1985年。映画共演をきっかけに始まった恋は、明菜にとって憧れの存在との初めての本気の恋でした。明菜は近藤を家族に紹介し、未来を信じていました。しかし、1989年、近藤と松田聖子のニューヨーク密会報道が大きな衝撃を与えます。さらに同年7月、明菜は近藤の自宅で倒れ、長期療養を余儀なくされました。半年後、復帰の場として開かれた会見で、彼女の隣には近藤真彦が座っていました。しかし二人が視線を交わすことはありませんでした。明菜は「迷惑をかけた」と涙ながらに語り、近藤は「支えていきたい」とコメントしました。けれど、結婚について問われた近藤の答えは「そういう話は最初からなかった」というものでした。 

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