釜山の観光地として名高いカラフルな文化村。その一角には、かつての日本人墓地の石が使われた家々が立ち並んでいるという事実が隠されています。戦後、避難民が流れ込み、住む場所も資材もなく、やむなく墓石を使って家を建てざるを得なかったといいます。当時の人々は、「生きるための必死さ」から、死者の安寧よりも自分たちの生活を優先せざるを得なかったのです。村に今も残る墓石の断片や刻まれた名前。それらが語るのは、戦争がもたらした悲劇と、平和への強い願い。観光地としての美しい外観の裏には、そんな過去の影が潜んでいるのです。