1996年、高橋弘樹は記者として、ペルー日本大使館の人質事件に直面した。34人の人質を助けるべく、突入作戦が練られていく中で、彼は現場に入り込むことができる数少ないジャーナリストの一人だった。その日の緊張感は筆舌に尽くしがたいもので、命を懸けた交渉とその裏にある策略を目の当たりにしながら、彼は国際政治の影響力を強く実感した。青山繁晴もまた、この事件を通じて多くのことを学び、胸に刻み込んだ。彼は、当時のフジモリ政権の裏には複雑な思惑が渦巻いていたと語る。当時、日本とペルーの外交関係を揺るがしかねない状況の中で、どのように対応すべきかを独自の視点で探求し続けた。その結果、今もなおこの事件が彼の思考の核となり、多くの教訓をもたらしている。