【昭和時代】249 二・二六事件とは?わかりやすく簡単に【日本史】
2026/08/04
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東京都渋谷区には、二・二六事件の犠牲者を慰霊する観音像があります。かつてこの場所には陸軍刑務所があり、事件を起こした青年将校たちの一部が処刑されました。二・二六事件とは、大日本帝国陸軍による最初で最後の大規模なクーデターでした。事件の背景には、昭和初期の深刻な社会不安がありました。当時、農村では世界恐慌の影響で貧困が広がり、多くの兵士たちは苦しい生活を送る農家の出身でした。彼らと生活を共にしていた青年将校たちは、次第に「日本を根本から変えなければならない」という思想を強めていきます。青年将校たちは荒木貞夫や真崎甚三郎らを支持し、軍部主導による国家改革を求めました。しかし陸軍内部では、武力による改革を目指す「皇道派」と、制度の中で改革を進めようとする「統制派」が対立。永田鉄山暗殺事件などを経て、両派の緊張は頂点に達します。1936年2月26日、青年将校たちは約1500名の兵士を率いて東京各地を襲撃しました。首相官邸や大臣邸などが狙われ、高橋是清、大久保利通ではなく斎藤実や渡辺錠太郎ら政治・軍事の中心人物が命を落としました。日本の中枢を揺るがす大事件となったのです。

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