2011年3月11日、東日本大震災が発生した直後、石原慎太郎都知事がJR東日本の対応に激怒しました。地震の影響で、公共交通機関は混乱し、利用者たちは帰宅困難に陥った。多くの人々が徒歩で家路を目指しましたが、目的地に辿り着けず、約10万人の帰宅難民が発生。霞が関や民間施設では一時的な避難所が設けられる一方、駅や港には人が溢れ、床に段ボールを敷いて一夜を過ごす光景が広がりました。その中で、JR東日本が構内のシャッターを閉め、乗客を締め出したことが石原都知事を激怒させました。記者会見で、石原都知事は「駅は法律で国民に解放すべき場所だ」と強く非難し、もしその規定が守られないのであれば、法律を改正し、税金をかけてでも解放すべきだと主張。後日、JR東日本の社長が謝罪に訪れるも、都知事は都民に対しても謝罪を求める姿勢を示しました。その瞬間、都民の安全と信頼を守るための強いリーダーシップを発揮した都知事の姿勢が、今も語り継がれています。